文学史 / 古典文学史

上代文学(奈良時代:万葉集・古事記・風土記)

要点整理

上代文学とは何か

上代文学とは、日本にまだ文字がなかった時代の口承文学(語り伝えられた神話・歌謡)が、大陸から伝わった漢字によって初めて書き記されるようになった、文学の出発点にあたる時代の文学です。時代としてはおおむね奈良時代(710年〜794年)を中心とし、それ以前の飛鳥時代を含めて考えることもあります。

この時代の最大の特徴は、日本語を書き表す文字がまだ存在しなかったという点です。仮名文字が発明されるのは平安時代(中古)に入ってからのことで、上代の人々は、中国から伝わった漢字を工夫して使うことで、日本語の音や文章を書き残そうとしました。この工夫のあとをたどることが、上代文学を学ぶ大きな意味の一つです。

上代文学は、大きく分けて次の3つの系統に整理すると覚えやすくなります。

系統 代表作 内容の中心
歴史書(記紀) 古事記・日本書紀 神話・伝説・皇室の系譜
歌謡集 万葉集 和歌(個人の感情表現)
地誌 風土記 各地の地名の由来・伝承・産物

記紀(古事記・日本書紀)

古事記は712年に成立した、現存する日本最古の歴史書です。天武天皇が、稗田阿礼(ひえだのあれ)に命じて誦習(暗誦)させていた歴史・伝承を、太安万侶(おおのやすまろ)が筆録してまとめたと、序文に記されています。内容は、神々の誕生から始まる神話、初代神武天皇から推古天皇までの伝承・系譜で構成され、文体は漢字の音訓を日本語の語順に合わせて用いる変体漢文です。国内向けに、天皇の統治の正統性を語り伝えることを目的として編まれたと考えられています。

日本書紀は720年に成立した、舎人親王(とねりしんのう)らが編纂した歴史書です。中国の史書にならった、純粋な漢文体で書かれており、対外的に(中国など)日本の歴史を示すことも意識されていたとされます。神代から持統天皇までを扱い、のちに国家が編纂する6つの正史(六国史)の最初に位置づけられます。

古事記と日本書紀は、成立時期が近く内容も重なるため混同しやすいですが、「古事記=国内向け・変体漢文・稗田阿礼と太安万侶」「日本書紀=対外向け・純粋漢文・舎人親王ら」という対比で覚えると区別しやすくなります。

万葉集

万葉集は、現存する日本最古の和歌集です。成立の詳しい経緯には諸説ありますが、最終的に大伴家持(おおとものやかもち)が編纂に深く関わったと考えられており、全20巻、約4500首の歌が収められています。

万葉集の大きな特徴は、天皇や貴族の歌だけでなく、名もない民衆の歌である東歌(あずまうた)や、九州の防衛にあたった兵士とその家族の心情を詠んだ防人歌(さきもりうた)まで、身分を問わず幅広い作者の歌を収めている点です。表記には、漢字の音訓を借りて日本語の音を表す万葉仮名が用いられました。

代表的な歌人には、力強い長歌で知られる柿本人麻呂、貧しい人々の暮らしを詠んだ「貧窮問答歌」で知られる山上憶良(やまのうえのおくら)、編者ともされる大伴家持、女性歌人の額田王(ぬかたのおおきみ)などがいます。万葉集全体の歌風は、技巧よりも感情をまっすぐに、力強くおおらかに詠み上げる点に特徴があり、これをますらをぶりと呼びます。この「ますらをぶり」は、後の平安時代の古今和歌集の繊細で技巧的な歌風(たおやめぶり)としばしば対比されます。

風土記

風土記は、713年に元明天皇が諸国に対して編纂を命じた、地誌(地理・伝承の記録)です。各国の地名の由来、伝説、産物、地形などが記されました。現在、ほぼ完全な形で残っているのは出雲国風土記のみで、そのほかに常陸国・播磨国・肥前国・豊後国の風土記が一部分だけ(逸文として)伝わっています。

その他の作品

漢詩文の分野では、**懐風藻(かいふうそう)**が現存する日本最古の漢詩集として知られています。天智天皇の時代から奈良時代にかけての、皇族・貴族による漢詩を集めたもので、当時の知識人にとって漢詩を作ることが重要な教養であったことを示しています。

例題

例題1(基本)

問題

現存する日本最古の和歌集の名前を答えよ。また、その和歌集で用いられた、漢字の音や訓を借りて日本語の音を一字ずつ表記する方法を何と呼ぶか答えよ。

解答・解説を見る

上代に成立した現存最古の和歌集は万葉集です。この時代にはまだ仮名文字が発明されていなかったため、日本語の音を書き表すには、漢字の音や訓を借りて一字一字にあてはめる方法が用いられました。これを万葉仮名と呼びます。この方式が、のちに平安時代にひらがな・カタカナへと簡略化されていく源流にあたります。

答え:和歌集は万葉集、表記法は万葉仮名

例題2(標準)

問題

『古事記』と『日本書紀』は、成立時期が近く内容も似ているためしばしば混同されるが、両者にはいくつかの明確な違いがある。編纂の中心人物と文体という2つの観点から、両者の違いを説明せよ。

解答・解説を見る

まず編纂の中心人物を比べます。『古事記』は、天武天皇の命により稗田阿礼が誦習していた内容を、太安万侶が筆録してまとめたものです。一方『日本書紀』は、舎人親王らが編纂の中心となりました。

次に文体を比べます。『古事記』は、漢字を用いながらも日本語の語順や言い回しに近づけた変体漢文で書かれています。一方『日本書紀』は、中国の史書と同じ形式の、より本格的な漢文(純粋漢文)で書かれています。

この違いの背景には、成立の目的の違いがあると考えられています。『古事記』は国内向けに天皇の系譜や神話を語り伝えることを重視し、『日本書紀』は対外的にも通用する正式な歴史書として、中国にならった体裁を整えようとしたためです。

答え:編纂の中心人物は、古事記が稗田阿礼(誦習)と太安万侶(筆録)、日本書紀が舎人親王ら。文体は、古事記が変体漢文、日本書紀が純粋漢文である。

例題3(応用)

問題

次の説明にあてはまる上代文学の作品名を答え、その根拠となる特徴を本文中の語句を用いて説明せよ。

「元明天皇の命により713年に諸国で編纂が始まった地誌で、地名の由来や伝説、産物などが記されている。現在、ほぼ完全な形で伝わっているのは一国分のみである。」

解答・解説を見る

この説明には、上代文学を特定するための手がかりが複数含まれています。「元明天皇の命」「713年」「諸国で編纂」「地名の由来・伝説・産物を記す」という語句は、いずれも風土記を特徴づけるキーワードです。歴史書(記紀)でも和歌集(万葉集)でもなく、地誌というジャンルであることが、これらの語句からわかります。

さらに「ほぼ完全な形で伝わっているのは一国分のみ」という記述も重要な手がかりです。風土記は多くの国で編纂されましたが、現在ほぼ完全に残っているのは出雲国風土記だけで、常陸・播磨・肥前・豊後の風土記は一部分(逸文)しか伝わっていません。この「現存状況の乏しさ」は、記紀や万葉集にはない、風土記に特有の特徴です。

答え:風土記(出雲国風土記がほぼ完全な形で現存する)。「元明天皇の命による諸国の地誌編纂」「地名の由来・伝説・産物の記録」「現存するのは一国分のみ」という特徴から判断できる。

確認問題

問題

『万葉集』に収められている、農民や兵士など民衆の生活や心情を詠んだ歌のうち、九州の防衛にあたった兵士とその家族の歌を特に何と呼ぶか答えよ。

答え

防人歌(さきもりうた)