漢文 / 漢文読解

置き字・漢文特有の読み方

要点整理

漢文を日本語として読む(訓読する)とき、もとの漢字がすべて声に出して読まれるわけではありません。文法的な働きを持ちながらも、書き下し文にすると文字としては現れない字があります。これを置き字と呼びます。

置き字は「意味がない字」ではありません。むしろ、その字が本来持っている意味(場所・対象・比較・接続など)は、直前の語に付く送り仮名という形でちゃんと反映されています。置き字のルールを理解することは、白文(訓点のない漢文)を正しく書き下す上でも、句法を理解する上でも欠かせません。

なぜ「読まない字」が生まれるのか

漢文(中国語の文語)と日本語とでは、語順や助詞の使い方が違います。中国語では「動詞+於+場所」のように、前置詞にあたる字を使って場所や対象を示しますが、日本語では「場所+に+動詞」のように、名詞のあとに助詞を置いて同じ関係を示します。

訓読とは、漢文を「日本語の語順・日本語の助詞」に翻訳し直す作業です。このとき、於のような字が本来担っていた「〜に」という意味は、返り点で語順を入れ替えたうえで、直前の名詞に送り仮名「に」を付けることで、すでに表現されてしまいます。そのため、於という文字自体をあらためて声に出して読む必要がなくなるのです。これが置き字の正体です。

於・于・乎(場所・対象・比較・受身を示す置き字)

於・于・乎は、ほぼ同じ働きをする置き字のグループです。文中で何を示しているかによって、対応する送り仮名が変わります。

文の形 於の働き 送り仮名の付き方(例)
動詞+於+場所 動作が行われる場所 場所を表す語に「に」を付ける(例:生㆑於憂患→憂患に生まる)
動詞+於+対象 動作の向かう対象 対象を表す語に「に」「を」を付ける
形容詞+於+比較対象 比較の基準(〜より) 比較対象に「より」「よりも」を付ける(例:苛政猛㆑於虎→苛政は虎よりも猛し)
受身の動詞+於+動作主 受身の相手(〜に) 動作主に「に」を付ける(例:労力者治㆑於人→力を労する者は人に治めらる)

このように、於・于・乎そのものは常に読まず、その代わりに直前(返り点で移動したあとの直前)の語に、意味に応じた送り仮名を補う、という共通のルールで処理できます。

なお、「於是(ここにおいて)」のように、於を含む語がひとまとまりの熟語・成句として定着している場合は例外で、この場合は「ここにおいて」と読み、於も実際に読まれます。個々の置き字のルールと、決まり文句(熟語)としての読み方は分けて覚えましょう。

而(順接・逆接を示す置き字)

而は、2つの動詞(句)をつなぐ接続の働きをする字です。多くの場合、直前の動詞の活用形(連用形など)に送り仮名「て」「で」を付けることで意味が表現され、而自体は置き字として読まれません。

  • 順接(そして):学㆑而時習㆑之 → 学びて時に之を習ふ(「学び」の連用形+「て」で「而」の意味を表す)
  • 逆接(しかし・けれども):置き字のままでは意味が伝わりにくいため、逆接であることを示すために「しかルニ」「しかレドモ」と実際に読むことがあります。特に、句点(。)のあとで文頭に単独で置かれた而は、「しかルニ(ところが)」「しかシテ(そして)」と読む独立した接続詞として扱われ、このときは置き字ではなく実際に読みます。

つまり、而は「文の途中で動詞と動詞をつなぐとき」は置き字になりやすく、「文頭に単独で立って、前の文全体を受けるとき」は読む、という使い分けがある点に注意しましょう。

矣・焉(断定・完了を強める置き字)

矣・焉は、文末に置かれて、断定や完了の語気を強める働きをします。「也」と似た働きですが、也とは違って、多くの場合そのまま置き字として読みません。

ただし焉には例外があり、「於是(これにおいて)」と同じ働きをする「これニ」という意味で使われることがあります。この場合は置き字ではなく「これに」と読みます。文脈から、単なる語気を強める置き字なのか、「これに」という意味を持つ焉なのかを判断する必要があります。

兮(韻文特有の置き字)

兮は、漢詩(特に「楚辞」のような古い形式の詩)の句の切れ目に置かれ、リズムを整えるためだけに使われる字です。文法的な意味を一切持たず、常に置き字として読みません。散文にはほとんど登場せず、韻文特有の置き字として覚えておきましょう。

置き字をどう見分けるか(まとめ)

  1. 文中に於・于・乎・而・矣・焉・兮があるかどうかを確認する。
  2. あれば、まず「決まり文句(於是 など)になっていないか」を確認する。決まり文句であれば読む。
  3. 決まり文句でなければ、原則として置き字として読み飛ばし、直前の語に必要な送り仮名(に・を・より・て など)が付いているかどうかで、文の意味を正しく取る。
  4. 而が文頭に単独で立っている場合は、置き字ではなく「しかシテ」「しかルニ」と実際に読む。

例題

例題1(基本)

問題

次の文を書き下し文にせよ。

己所レ不レ欲、勿レ施㆑於人。

解答・解説を見る

まず構造を確認します。「己の欲せざる所」(自分が望まないこと)を主語とし、「勿レ施㆑於人」(人に施すことなかれ)という禁止の文が続きます。

「於人」の部分に着目すると、「施す」という動詞のあとに「於+対象(人)」という形が来ています。これは動作の向かう対象を示す於の使い方なので、於自体は読まず、対象である「人」に送り仮名「に」を付けて「人に」と読みます。

答え:己の欲せざる所、人に施すこと勿かれ。(自分がしてほしくないことを、他人にしてはいけない、という意味。)

例題2(標準)

問題

次の文中の「而」について、置き字として読まないか、それとも読むかを判定し、理由とともに説明せよ。

学而不レ思則罔。而人不レ知也。

解答・解説を見る

この文には「而」が2か所ありますが、それぞれ働きが異なります。

1つ目の「学而不思」の「而」は、「学ぶ」と「思はず」という2つの動詞(句)を、文の途中でつないでいます。このような使われ方の而は、直前の動詞の連用形に送り仮名「て」を付けることで意味を表せるため、置き字として読みません(「学びて思はざれば」)。

2つ目の「而」は、句点(。)の直後、文頭に単独で置かれています。このように文頭で独立して前の内容を受ける而は、置き字とせず「しかルニ」「しかも」などと実際に読みます。ここでは「(それなのに)人は知らない」という逆接に近いニュアンスで使われていると考えられるので、「しかルニ人知らざるなり」のように読みます。

答え:1つ目の「而」は動詞と動詞をつなぐ置き字(読まない)。2つ目の「而」は文頭に単独で立つ接続詞として実際に読む(しかルニ/しかも)。

例題3(応用)

問題

次の文を書き下し文にし、「焉」の働きを説明せよ。

三人行、必有㆑我師焉。

解答・解説を見る

まず前半「三人行」は「三人行けば」(3人で連れ立って歩けば)という条件を表す部分です。後半「必有我師焉」は「必ず我が師有り」(必ず自分の師とすべき人物がいる)という結論部分ですが、文末に「焉」が付いています。

ここでの「焉」は、単なる断定・完了の語気を強める置き字として使われており、「これに」と訳す必要のある特殊な用法(於是と同じ意味の焉)ではありません。話の流れとして、「これに」と訳しても不自然ではないように見えるかもしれませんが、この文では「(その3人の)中に」という意味を「焉」ではなく文脈全体から読み取るのが一般的で、「焉」自体は文末の語気を強めるだけの置き字として処理し、書き下し文には表れません。

答え:三人行けば、必ず我が師有り。「焉」は文末に置かれて断定の語気を強める置き字で、書き下し文には現れない。(「3人で一緒に行動すれば、その中には必ず自分が手本とすべき人がいるものだ」という『論語』の有名な一節。)

確認問題

問題

次の文中の「於」を、置き字として処理して書き下し文にせよ。

青取㆑之於藍、而青於藍。

答え

青は之を藍より取りて、藍よりも青し。(青色の染料は藍という植物から取るが、もとの藍よりも青い、という意味。「於藍」が2回登場し、1つ目は起点〈より〉、2つ目は比較〈よりも〉を表す。)