漢文 / 漢文読解
漢文読解のコツ(主語の補い方・文脈把握)
要点整理
漢文の読解でつまずく原因の多くは、個々の句法(構文)を知らないことよりも、「誰が」その動作をしているのかを見失うことと、「いくつかの句法が同時に組み合わさった文」をどう分解してよいかわからないことにあります。ここでは、この2つの実戦的なコツを整理します。
主語を補いながら読む
漢文(特に思想書や説話・史伝)では、同一の人物の動作が続く間、主語がくり返し省略されるのが普通です。日本語の会話でも「(私は)昨日、公園に行った。(私は)そこでベンチに座った。」のように主語を省略するのと同じ感覚です。省略された主語を補うには、次のような手がかりを使います。
- 直前の文の主語を引き継ぐ:特に指示がなければ、直前の文で動作をしていた人物が、そのまま次の文でも動作をしていると考えるのが基本です。
- 「曰く」の前には必ず話し手がいる:「曰く、『〜』と。」という発言部分の直前には、必ず「誰が言ったか」を示す主語があります。省略されていれば、その場面に登場している中心人物(たとえば直前の会話の相手や、話題の中心人物)を補います。
- 会話の中の一人称・二人称を見分ける:「吾・我・予」などは話し手自身、「子・汝・爾」などは話し相手を指します。会話文の中では、これらの語から話者と聞き手が入れ替わっていないかを確認します。
- 使役文では、使役を受ける側がそのあとの動作主になる:「A使㆑B〜(AはBをして〜せしむ)」という文では、「〜」の部分の動作主はAではなくBです。
次の『韓非子』の有名な説話(「矛盾」の由来)で、主語の移り変わりを確認してみましょう。
楚人有㆑鬻レ盾与レ矛者。誉レ之曰、「吾盾之堅、莫㆑能陷也。」又誉㆑其矛曰、「吾矛之利、於レ物無レ不レ陷也。」或曰、「以㆑子之矛、陷㆑子之盾、何如。」其人弗レ能レ応也。 (楚人に盾と矛とを鬻ぐ者有り。之を誉めて曰はく、「吾が盾の堅きこと、能く陷すもの莫きなり。」と。又其の矛を誉めて曰はく、「吾が矛の利なること、物に於いて陷さざる無きなり。」と。或るひと曰はく、「子の矛を以て、子の盾を陷さば、何如。」と。其の人応ふる能はざるなり。)
この文には、主語が明示される箇所と、省略される箇所が混在しています。
- 「誉レ之曰」(之を誉めて曰はく)の主語は、直前で紹介された「盾と矛を売る楚人」です。
- 「吾盾之堅…」の「吾」は、その楚人自身が話し手であることを示す一人称です。
- 「又誉其矛曰」の主語も、話がまだ変わっていないので、引き続き同じ楚人です。
- 「或曰」で、初めて「或るひと(ある人・第三者)」という新しい登場人物が現れ、主語が交代します。
- 最後の「其人弗能応也」の「其人」は、「(先ほどの)その人」という意味で、話を売っていた楚人本人を指すように、主語がもとの人物に戻ります。
このように、「曰く」が出てくるたびに、話し手が変わっていないかを確認しながら読み進めることが、省略された主語を正しく補うコツです。
複数の句法が組み合わさった文を分解して読む
否定・使役・受身・疑問(反語)・比較などの句法は、実際の文章の中では単独ではなく、いくつも組み合わさって登場します。組み合わさった文を一度に理解しようとすると混乱しやすいので、次の手順で1つずつ分解していきます。
- まず、文全体の中心となる動詞(述語)を見つける。
- その動詞のまわりに付いている句法の要素(否定の「不・非」、使役の「使・令」、受身の「見・於」、疑問・反語の「何・豈」、比較の「於・如」など)を、1つずつ確認する。
- 動詞に一番近い要素から、外側に向かって順番に意味を組み立てていく。
- 最後に、組み立てた意味をつなげて、自然な日本語にする。
具体例1:使役+否定の組み合わせ
王不レ使レ人知㆑其事。 (王人をして其の事を知らしめず。)
まず中心の動詞は「知る」です。これに、使役を表す「使」(しム)が付いて「人をして知らしむ」(人に知らせる)となり、さらに文頭の「不」がこの使役全体を否定して、「知らしめず」(知らせない)となります。使役→否定の順に外側から意味が積み重なっていることを意識すると、「王は、人に(その事を)知らせなかった」という意味を正確に組み立てられます。
具体例2:反語+使役の組み合わせ
豈使㆑人知レ之乎。 (豈に人をして之を知らしめんや。)
中心の動詞は「知る」で、これに使役の「しム」が付いて「人をして之を知らしむ」(人にこれを知らせる)となります。さらに、文頭の「豈」と文末の「乎」が呼応して反語(「〜だろうか、いや〜ない」)を作っているので、全体としては「どうして人にこれを知らせるだろうか、いや、知らせはしない」という意味になります。反語の「豈〜乎」がもっとも外側の大きな枠になっている、という構造をつかむことが大切です。
このように、複数の句法が重なった文では、「一番内側(動詞)は何をどうする話か」「そのまわりに、どの句法がどんな順番で付いているか」を意識して、内側から外側へと1段階ずつ日本語に直していくと、複雑に見える文でも正確に読み解くことができます。
例題
例題1(基本)
問題
次の文の傍線部「之」が指す人物を、文脈から答えよ。
孔子過㆑泰山側。有㆑婦人哭㆑於墓者而哀。夫子式而聴レ之。
解答・解説を見る
まず場面を確認します。「孔子が泰山のほとりを通りかかった」「墓のそばで悲しげに泣いている婦人がいた」という状況が示され、続けて「夫子(=孔子)、式して之を聴く」(孔子は車上で礼をして、それに耳を傾けた)とあります。
「之」は代名詞で、直前に出てきた事物・人物を指すのが基本でした。ここで直前に登場しているのは「墓のそばで哭いている婦人」の「哭く声・様子」です。したがって「之」は、その婦人が泣いている声(泣いている様子)を指しています。
答え:墓のそばで泣いていた婦人の、泣いている声(様子)。
例題2(標準)
問題
次の文について、省略されている主語を補いながら、誰の発言かを整理せよ。
或曰、「以㆑子之矛、陷㆑子之盾、何如。」其人弗レ能レ応也。
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「或曰」の「或」は「或るひと(ある人)」という意味の、それまでの文脈に登場していなかった新しい人物です。ここで主語が、それまで話していた「盾と矛を売る楚人」から、新たに現れた第三者に交代しています。
「以子之矛、陷子之盾、何如」(あなたの矛で、あなたの盾を突いたらどうなるか)という発言は、この「或るひと」のせりふです。
続く「其人弗能応也」の「其人」は、指示語「其」が付いているので、この文脈で話題の中心だった「盾と矛を売る楚人」を指すと判断できます。つまり、質問をしたのは新しく登場した「或るひと」、答えられなかったのはもとの「盾と矛を売る楚人」であり、主語がこの2文で入れ替わっていることを正しく捉える必要があります。
答え:発言者は新しく登場した「或るひと(第三者)」。答えられなかった(応ふる能はざりし)のは、もとから話に登場していた「盾と矛を売る楚人」。
例題3(応用)
問題
次の文を、句法の要素を分解しながら現代語訳せよ。
王不レ能レ不㆑使レ人知㆑其功。
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まず中心の動詞は「知る」です。ここに、次の順番で句法の要素が付いています。
- 「使」(しム):人をして知らしむ=人に知らせる(使役)
- 「不」(一番動詞に近い否定):知らしめず=知らせない
- さらにその全体を「不能」(〜ずんばあらず、〜ないわけにはいかない)という二重否定が包んでいる
つまり、「使人知其功」(人にその功績を知らせる)という使役の内容全体を、「不能不〜」(〜しないわけにはいかない)という二重否定が包み込んでいる構造です。二重否定は、遠回しな形の強い肯定(「必ず〜する」)を表すので、全体としては「王は、人にその功績を知らせないわけにはいかなかった(=必ず知らせた)」という意味になります。
一番外側の「不能不」という大きな枠に気づかずに読むと、「王は人に功績を知らせることができなかった」のように、正反対の意味に誤読してしまうので注意が必要です。
答え:王は、(その)人の功績を人々に知らせないわけにはいかなかった(=必ず知らせた)。
確認問題
問題
次の文で省略されている主語を、直前の文脈から補って答えよ。
弟子問㆑於孔子曰、「夫子何為不レ対。」孔子曰、「未レ得㆑其意故也。」
答え
「孔子曰」の主語は、直前で弟子から話しかけられた「孔子」自身。「未得其意」(まだその意味を理解できていない)の動作主も、発言者である孔子。