現代文 / 小説読解
演習問題
演習問題
次の文章を読んで、後の問い(問1~7)に答えよ。
放課後の教室に、雨音だけが響いていた。健吾は窓際の席で、父の形見である万年筆を、机の上でくるくると回していた。ペン先はとうに割れていて、もう字は書けない。それでも手放せずにいた。
「まだ持ってたんだ、それ」 声に顔を上げると、幼なじみの美月が立っていた。健吾は万年筆をポケットにしまいながら、「べつに、ただの癖だよ」と目をそらして答えた。
「お父さん、この時期になるといつも文集の締め切りに追われて、忙しそうにしてたよね」美月がぽつりと言うと、健吾の手が止まった。忙しいはずの父が、それでも毎晩、健吾の作文を読んでくれていたことを、健吾はふいに思い出した。
「……直してくれって、いつも赤字だらけにされてさ」健吾は小さく笑った。それは、これまでのどこか強張った表情とは違う、久しぶりに見せる自然な笑みだった。
窓の外では、いつの間にか雨がやみ、雲の切れ間から夕陽が差し込んでいた。まるで、重く沈んでいた教室の空気を溶かすようだった。二人は連れ立って、河原へと続く坂道を下りていった。橙色に染まった土手には、彼岸花の赤い列。
問題1
傍線部A「万年筆をポケットにしまいながら、目をそらして答えた」から読み取れる健吾の心情として最も適当なものを、次の①~④のうちから一つ選べ。
① 万年筆を美月に取られてしまうのではないかという警戒心。 ② 父の形見について踏み込まれたくない、隠しておきたい気持ち。 ③ 美月に会えたことがうれしく、照れくさい気持ち。 ④ 授業に集中できず、気が散っている状態。
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「ポケットにしまいながら」という行動と、「目をそらして」という間接描写に注目します。大切にしているはずの万年筆を、見られた途端に隠すようにしまう行動と、相手の顔を見ずに答える様子は、その話題に触れられたくない、内面に踏み込まれたくないという気持ちの表れです。父の形見であるという背景をふまえると、これは亡き父にまつわる思いを、まだ人に話せずにいる心情だと読み取れます。①③④は本文の描写と結びつく根拠がありません。
答え:②
問題2
傍線部B「べつに、ただの癖だよ」というセリフについて、このセリフと健吾の本心との関係を、40字程度で説明せよ。
答え
(例)本心では父の形見を大切に思っているが、その思いを知られたくなくて、素っ気なく取り繕っている。
問題3
健吾の心情は、美月の「お父さん、この時期になると……」という言葉の前後で、どのように変化したか。50字程度で説明せよ。
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心情変化の3点セット(変化前→きっかけ→変化後)で整理します。
変化前:万年筆について話題にされたくない、強張った、心を閉ざした状態(「目をそらして答えた」)。
きっかけ:美月が、父が忙しい中でも健吾の作文を読んでくれていたという具体的な思い出を口にしたこと。これによって、健吾は父との温かい記憶をふいに思い出しています。
変化後:「これまでのどこか強張った表情とは違う、久しぶりに見せる自然な笑み」。閉ざしていた心が、温かい思い出をきっかけに和らいだ状態です。
答え:(例)父について話題にされたくなかった強張った気持ちが、美月の言葉で父との温かい思い出がよみがえったことにより、自然に和らいでいった。(56字)
問題4
傍線部C「窓の外では、いつの間にか雨がやみ、雲の切れ間から夕陽が差し込んでいた」という情景描写と、この場面の健吾の心情との関係を説明したものとして、最も適当なものを、次の①~④のうちから一つ選べ。
① 華やかな情景と対比させることで、健吾の心の重さをいっそう際立たせている。 ② 雨から夕陽へという情景の変化が、健吾の心が和らいでいく様子と重なる、一致型の描写になっている。 ③ この情景描写は、天候の記録にすぎず、健吾の心情とは無関係である。 ④ 夕陽の描写は、これから起こる悪い出来事を予告する伏線である。
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冒頭では「雨音だけが響いていた」という、重く沈んだ印象の情景から始まっていました。これは、父の形見を前にした健吾の、閉ざされた心情と一致する一致型の情景描写でした。
一方、美月とのやり取りを経て健吾の心情が和らいだ直後に、「雨がやみ、雲の切れ間から夕陽が差し込んでいた」という情景の変化が描かれています。重く沈んだ雨から、明るい夕陽へという情景の変化は、健吾の心情が和らいでいく変化とちょうど重なっており、これも一致型の情景描写だと判断できます。①は対比としていますが、この場面には対比の要素(たとえば健吾だけが心を閉ざしたままである、という状況)がないため誤りです。③は情景と心情の結びつきを見落としています。④は本文にその後悪いことが起きる描写がなく、根拠がありません。
答え:②
問題5
傍線部D「まるで、重く沈んでいた教室の空気を溶かすようだった」に用いられている表現技法の名称を答えよ。
答え
直喩(「まるで~ようだ」という形でたとえる技法)
問題6
本文の最後の一文「橙色に染まった土手には、彼岸花の赤い列。」に用いられている表現技法の名称と、その効果を、あわせて40字程度で説明せよ。
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この一文は、「彼岸花の赤い列」という名詞(体言)で文が終わっています。文末を動詞や助動詞ではなく名詞で止める技法を、体言止めと呼びます。
体言止めには、文の流れをそこであえて止めることで、その名詞が指すものの印象を強く読者に残し、余韻を持たせる効果があります。ここでは、彼岸花の鮮やかな赤い色が、夕暮れの橙色の土手の中に印象的に浮かび上がる様子が、体言止めによって強調されています。
答え:(例)体言止め。文末を名詞で止めることで、夕暮れの土手に咲く彼岸花の鮮やかさを印象的に描き出している。(39字)
問題7
この文章は、大きく分けていくつの場面で構成されているか。場面の変わり目にあたる描写を一つ指摘したうえで、次の①~④のうちから最も適当なものを一つ選べ。
① 1場面(場所・時間の変化がまったくないため) ② 2場面(教室での場面と、河原へ向かう場面) ③ 3場面(教室・廊下・河原の3つに分かれるため) ④ 4場面(会話が変わるたびに場面が変わるため)
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場面の変わり目は、時間や場所の変化を示す語句で見つけます。本文の前半は、一貫して「教室」の中でのやり取りが描かれています。場所が変わるのは、「二人は連れ立って、河原へと続く坂道を下りていった」という一文からで、ここで教室(室内)から河原へと向かう道(屋外)へと場所が移っています。
したがって、この文章は「教室での場面」と「河原へ向かう場面」の2つの場面で構成されていると整理できます。③のように「廊下」の場面は本文に描かれていません。④は、会話の切り替わりのたびに場面が変わるとしていますが、同じ教室内でのやり取りは、場所・時間が変化していない限り一つの場面として扱います。
答え:②