現代文 / 頻出テーマ・キーワード
評論文頻出テーマ(2)他者論・近代批判
要点整理
他者論の頻出パターン
パターン1:自己は他者との関係の中で成立する
もっとも頻出するのが、「人間は一人だけでは『自分』というものを確立できない。自己という意識は、他者に見られ、他者と関わる中で、初めて形作られる」という主張です。「他者の視線があって初めて、自分がどのような存在かを知ることができる」「他者に承認されることで、自分の存在価値を確認できる」といった形で述べられます。
パターン2:他者は理解し尽くせない存在である
もう一つの頻出パターンが、他者性、すなわち「他者は、自分の理解の枠組みにすべて収まるわけではない、根本的に分からない部分を持った存在である」という主張です。これは、「相手の気持ちは完全にわかる」という素朴な共感への警鐘として提示されることが多く、「わかったつもりになることのほうが、実は危険である」といった論理展開につながります。
パターン3:異質な他者との出会いが自己を相対化する
自分とは異なる価値観・文化を持つ他者と出会うことによって、それまで当然だと思っていた自分の価値観が、実は数ある考え方の一つにすぎなかったと気づかされる、という主張もよく登場します。これを自己相対化と呼びます。異文化理解や多様性の意義を論じる評論文では、この自己相対化のプロセスが中心的なテーマになることが多いです。
近代批判の頻出パターン
パターン1:近代合理主義・科学万能主義への懐疑
評論文で非常によく見られるのが、理性・効率・論理を何よりも重視する近代合理主義的なものの見方への懐疑です。近代化・科学技術の発展がもたらした恩恵を認めつつも、「効率性や合理性だけでは測れない価値」「数値化・言語化できないものの重要性」を対置し、行き過ぎた合理主義への警鐘を鳴らす、という展開が定番です。前のトピックで学んだ身体論・言語論の批判(言葉にできないものの価値、身体知の重要性)も、この近代合理主義批判と密接に結びついています。
パターン2:個人主義・自己責任論への批判
近代化によって、人々が地縁・血縁などの共同体的なつながりから切り離され、「自立した個人」として生きることが当然視されるようになった、という近代社会の特徴を踏まえ、その結果生まれた孤立感や、何もかもを「自己責任」で片づけてしまう風潮を批判的に論じる文章もよく出題されます。
パターン3:「進歩」という物語そのものへの疑い
近代は、「社会や技術は絶えず進歩し、より良い方向へ向かっていく」という発展史観(進歩史観)を前提にしてきました。これに対し、「本当にすべてが『進歩』と呼べるのか」「進歩の名のもとに失われてきたものは何か」と問い直す評論文も頻出です。伝統や自然環境、共同体的な結びつきなど、近代化の過程で失われたとされるものへの再評価が、こうした文章のテーマになります。
他者論と近代批判のつながり
他者論と近代批判は、しばしば同じ文章の中で組み合わされて登場します。たとえば、「近代的な個人主義は、他者を、自分の目的のために利用する対象、あるいは自分と同じように理解できる存在として扱いがちである。しかし、他者には本来、こちらの理解を超えた他者性がある」というように、近代批判の文脈で他者論が展開される、という構造です。一つの評論文の中に複数の頻出テーマが重なって出てくることは珍しくないので、「今、近代批判の話をしているのか、他者論の話をしているのか、あるいは両方か」を意識しながら読むと、論の構造をつかみやすくなります。
例題
例題1(基本)
問題
次の文章を読んで、後の問いに答えよ。
生まれたばかりの赤ん坊は、自分と他人の区別さえ持たない。だが成長するにつれて、周囲の人間からまなざしを向けられ、名前で呼ばれ、反応を返されることを通じて、次第に「自分」という輪郭を持つようになっていく。もし誰からも呼びかけられず、誰の視線も浴びることがなかったとしたら、私たちは今のような「自己」を持つことができただろうか。
この文章の主張として最も適当なものを、次の①~④のうちから一つ選べ。
① 自己という意識は、生まれつき人間に備わっているものである。 ② 自己という意識は、他者との関わりを通じて、後天的に形作られていくものである。 ③ 名前で呼ばれることは、自己形成にとって無意味な習慣にすぎない。 ④ 赤ん坊は、生まれた瞬間から明確な自己意識を持っている。
解答・解説を見る
この文章は、他者論の頻出パターン①「自己は他者との関係の中で成立する」の典型例です。「周囲の人間からまなざしを向けられ、名前で呼ばれ、反応を返されることを通じて、次第に『自分』という輪郭を持つようになっていく」という部分が、主張の中心です。
最後の一文は疑問形になっていますが、これは読者に問いかけることで、「他者からの関わりがなければ、自己は形成されなかったはずだ」という筆者の考えを、間接的に強調する表現(反語に近い問いかけ)です。①・④は、自己意識を「生まれつきのもの」としており、本文の趣旨(後天的に形成される)と正反対です。③は、名前で呼ばれることを「自己形成の手がかり」として肯定的に扱っている本文の内容と矛盾します。
答え:②
例題2(標準)
問題
次の文章を読んで、後の問いに答えよ。
「あの人の気持ちは、よくわかる」と、私たちは簡単に口にする。しかし、本当にそうだろうか。私たちが「わかる」と感じているのは、多くの場合、相手を自分の経験や価値観というものさしに当てはめて、都合よく解釈した結果にすぎないのではないか。他者には、そうした自分のものさしでは決してすくい取れない部分が、必ず残る。その分からなさをなかったことにして「わかったつもり」になることのほうが、かえって相手を傷つけることがある。
筆者がこの文章で述べようとしていることとして最も適当なものを、次の①~④のうちから一つ選べ。
① 他者の気持ちは、努力さえすれば完全に理解できるものである。 ② 「わかったつもり」になることを避け、他者には自分には理解しきれない部分があることを自覚すべきである。 ③ 他者を理解しようとする努力そのものが、無意味で有害である。 ④ 自分の経験や価値観を基準にすることが、他者理解の最も確実な方法である。
解答・解説を見る
この文章は、他者論の頻出パターン②「他者は理解し尽くせない存在である」の典型例です。「私たちが『わかる』と感じているのは、多くの場合、相手を自分の経験や価値観というものさしに当てはめて、都合よく解釈した結果にすぎないのではないか」という部分で、安易な共感への疑いが示されています。
そして「他者には、そうした自分のものさしでは決してすくい取れない部分が、必ず残る」という一文で、他者性(理解しきれない部分があること)が明言されています。最後の一文「その分からなさをなかったことにして『わかったつもり』になることのほうが、かえって相手を傷つけることがある」から、筆者は、分からなさを自覚することの大切さを訴えていると読み取れます。
①は本文と正反対の内容です。③は、本文が「理解しようとする努力自体」を否定しているのではなく、「わかったつもりになること」を問題視している点を読み違えています。④は、まさに本文が批判している態度そのものです。
答え:②
例題3(応用)
問題
次の文章を読んで、後の問いに答えよ。
私たちはしばしば、「あの時代は不便で、遅れていた」と、過去を一段低いものとして語る。そこには、社会は時間とともに必ず良い方向へ進んでいくという、暗黙の前提がある。だが、便利さと引き換えに失われたものについて、私たちはどれほど自覚的だろうか。隣人と顔を合わせずに用事が済むようになったことを、はたして手放しで「進歩」と呼んでよいものか。効率と引き換えに、何かを置き去りにしてきたのではないかという問いを、私たちはあまりに簡単に片づけすぎているように思われる。
この文章の内容と合致するものとして最も適当なものを、次の①~④のうちから一つ選べ。
① 過去の生活は不便であり、現代の便利な生活のほうが、あらゆる点で優れている。 ② 社会が進歩しているという前提そのものを疑い、便利さの裏で失われたものにも目を向けるべきだと述べている。 ③ 隣人と顔を合わせずに用事が済むようになったことは、疑いなく望ましい進歩である。 ④ この文章は、近代化や効率化そのものを全面的に否定している。
解答・解説を見る
この文章は近代批判の頻出パターン③「『進歩』という物語そのものへの疑い」にあたります。「社会は時間とともに必ず良い方向へ進んでいくという、暗黙の前提がある」という一文で、進歩史観という前提そのものを問題として提示しています。
続く「便利さと引き換えに失われたものについて、私たちはどれほど自覚的だろうか」「効率と引き換えに、何かを置き去りにしてきたのではないか」という問いかけは、いずれも反語に近く、実質的には「私たちは自覚できていないのではないか」「何かを置き去りにしてきたのではないか」という筆者の考えを示しています。
①・③は、本文が疑問を投げかけている「進歩」を、無条件によいものとして受け取ってしまっており誤りです。④は、本文が「進歩」という考え方を問い直しているだけで、近代化や効率化を全面的に否定しているとまでは述べていないため、行き過ぎた解釈です。したがって、進歩史観そのものへの疑いと、失われたものへの注意を促す内容を正しく捉えた②が最も適当です。
答え:②
確認問題
問題
次の文章を読んで、後の問いに答えよ。
ある土地を旅して、まったく異なる時間感覚で生活する人々に出会ったとき、私は初めて、自分が「時間は分刻みで管理すべきものだ」と、疑いもなく思い込んでいたことに気づかされた。その思い込みは、決して唯一の正しい生き方ではなく、数ある時間の捉え方の一つにすぎなかったのである。
この文章で述べられている経験を、本文中の言葉を用いずに、「自分の価値観」「異なる価値観」という語を用いて30字程度で言い換えよ。
答え
(例)異なる価値観に触れたことで、自分の価値観を絶対視していたと気づいたということ。